東京高等裁判所 昭和48年(行ケ)143号 判決
一 前掲請求の原因のうち、本願発明につき、出願から審決の成立にいたるまでの特許庁における手続、発明の要旨及び審決の理由に関する事実は当事者間に争いがない。
二 そこで、右審決に原告主張の取消事由があるか否かについて考察する。
1 本願発明及び各引用例の技術の構成について
(一) 原料及び目的化合物
本願発明及び各引用例の技術がいずれも原料化合物たるオキサゾールとエチレン化合物とのデイールスーアルダー反応によつて目的化合物たる2―アルキル―3―ヒドロキシ―4、5―ジ置換ピリジンを製造する方法であることは、原告の自認するところである。
そして、本願発明において使用されるエチレン化合物4、7―ジヒドロ―1、3―ジオキセピン誘導体(その発明の要旨中、一般式(Ⅳ)の化合物のR2´、R3´に原子群(Ⅱ)を採つたもの)または2、5―ジヒドロフラン(同化合物のR2´、R3´に酸素原子を採つたもの)のうち、前者を原料として使用することについて各引用例に記載がないことは当事者間に争いがないが、後者を使用することについて各引用例に記載があることは原告の自認するところであり、成立に争いのない甲第一号証の二(本願発明の明細書)、第三号証の一(第一引用例)、同号証の二(第二引用例)によると、本願発明においてエチレン化合物として右ジヒドロフランを使用した場合に得られる目的化合物は分子内エーテルピリドキシン誘導体(発明の要旨中、一般式(Ⅰ)のピリジン誘導体のR2´、R3´に酸素原子を採つたもの)であるが、各引用例にもこれについて記載があることが認められる。
そうだとすれば、各引用例に記載されている原料及び目的化合物はそれぞれ本願発明に選択的に包含される原料及び目的化合物に一致するから、両者をもつて同一の原料化合物から同一の目的化合物を製造する方法であるとした審決の認定を誤りということはできない。
(二) 附加物の生成
各引用例に、エチレン化合物のうち前記ジオキセピン誘導体を使用した場合のデイールスーアルダー附加物について記載がないことは当事者間に争いがないが、エチレン化合物のうち、前記ジヒドロフランを使用した場合に得られる目的化合物が分子内エーテルピリドキシン誘導体であることの記載があることは前記認定のとおりであり、前出甲第三号証の一、二によると、第一引用例には「オキサゾールと特定のエチレン化合物とを反応させて形成される当初生成物は明らかに以下の化学式にて表わされる附加生成物である。」(第六項第三ないし八行目)との一般的説明が記載され、第二引用例にはその場合附加生成物が生成することが一般式(第二七〇五頁左欄)によつて示さ
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れていることが認められるから、本件口頭弁論の全趣旨(原告は各引用例のものにおいてエチレン化合物が非活性ジエノフイルである場合における附加反応について自ら主張している。)を参酌すると、少くとも各引用例にはエチレン化合物のうち右ジヒドロフランを使用した場合デイールスーアルダー附加物が生成することについて記載があるということができる。
そうだとすれば、本願発明におけるデイールスーアルダー附加物の生成は各引用例のものにおけるそれを包含するから、両者が附加反応として同一の附加物を生成するとした審決の認定に誤りがあるとはいえない。
(三) 転位反応
しかし、本願発明において、原料のエチレン化合物がすべて非活性ジエノフイルであり、転位反応が附加、単離の第一段階から分割した第二段階として低温かつ弱酸性媒体のもとに行われること、一方、各引用例のものにおいて、エチレン化合物として活性ジエノフイールを使用する場合常温において酸により転位反応が生じるが、非活性ジエノフイルを使用する場合高温により附加及び転位反応が一貫して行われることは当事者間に争いがない。
そして前出甲第三号証の二によると、第二引用例中、審決指摘のように、酸処理による転位反応例の記載がある個所は第二七〇五頁右欄AないしC項であることが認められるが、そのうちA及びB項に示される原料化合物はいずれも活性ジエノフイルに属することも同時に認められるから、右各項は本願発明のように非活性ジエノフイルを使用する場合の酸処理を示唆するものとはいえない。また、C項に示される原料化合物が非活性ジエノフイルであることは原告の自認するところであるが、同項記載の転位反応を被告主張のようにトリクロル酢酸によつて行われるものと解すべき論証はない。そのほか、前出甲第三号証の一、二を仔細に検討しても、各引用例に本願発明の附加物の酸処理による転位の条件を具体的に示す記載があることを認めることはできない。
のみならず、第一引用例にエチレン化合物が活性ジエノフイルか非活性ジエノフイルかによつて附加及び転位反応の条件が相違する旨の記載があることは当事者間に争いがなく、したがつて右記載の技術的事項は本願出願当時公知であつたと解されるから、これを踏えて考えるならば、本願発明における附加物の前記のような転位条件は各引用例におけるそれとは明らかに相違するものといわざるをえない。
したがつて、各引用例に本願発明と同一のデールスーアルダー附加物が酸処理によつてピリジン誘導体に転位する旨が明記されているとした審決の認定は誤りというべきである。
(四) 以上を要するに、本願発明は、各引用例の技術が附加物の生成と転位とを引続き一貫して行う一段階法であるのと異なり、これを分割して行う二段階法であるほか、エチレン化合物として非活性ジエノフイルを使用しながら、その附加物の転位反応を低温かつ弱酸性媒体のもとに行う点において各引用例のものと相違する。
したがつて、審決が本願発明は附加物の単離を行う点とその転位を低温で行う点においてのみ各引用例のものと相違するにすぎないとした認定は右に示したところと牴触する限度において誤りといわなければならない。
2 本願発明の進歩性について
しかし、ひるがえつて考えると、成立に争いのない甲第八号証の一、二(宣誓供述書)によれば、原告が行つた比較実験の結果、従来法の実験においては収率が七三・四ないし七五・六%であつたのに対し、本願発明の実験においては、収率が八七%であり、製品の純度が前者のそれより高かつたことが認められるが、後者の実験においては、反応混合物から附加生成物を単離した後、未反応の原料化合物(オキサゾール)を回収して新規の原料化合物に加える附加反応工程を五回反復したうえ、目的化合物の最終収率を計算したのに、前者の実験においては、そのような反応工程の反復は行われなかつたことが併せて認められるから、両実験による製品の収率及び純度をそのまま比較して優劣を云為するのは適当ではないのみならず、本願発明の要旨において第一段階の反応工程の反復が要件とされていないから,その実験による結果をもつて直ちに本願発明の特有の効果であるとすることはできず、他には、本願発明の前記構成により製品の収率、純度につき原告主張のように顕著な効果が生じることを認めるに足りる証拠はない。
しかも、本願発明がそもそもピリジン誘導体の製法として化合物の附加、転位の条件において各引用例のものと技術的思想を異にする新規の手段を提供するものであることについては何ら論証されるところがないから、これにより従前技術にみられない顕著な効果が生じるものではないとすれば、その構成に格別の困難性はないものと認めるのが相当である。
したがつて、審決が本願発明をもつて各引用例の技術から容易に発明することができるものとした判断は、その過程に前示のような事実誤認があるけれども、その結論においてなお正当たるを失わないから、審決に原告主張の違法があるということはできない。
三 よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を失当として棄却する。